葦プロが社名変更していた

株式会社 PRODUCTION REED

いつの間にかの社名変更で驚きました。
HPを見る限り、新社長就任によるものらしい。
でも、葦プロの語呂が良いよなー、と思ったり。

それにしても、その昔、葦プロがラーメン屋を経営していたって言うのは本当なのだろうか。

2007年11月29日 アニメ トラックバック:0 コメント:3

アニメ作品に於けるルール

ウチの会社にいる演出家さん達と「ヱヴァ新劇場版」の話になり盛り上がっていた、そんなある日の事。
その中のベテラン演出家のMさんがこう切り出した。

「前から気になったんだけど、エヴァが出撃する射出口っておかしいよね。ゲンドウやミサトさんがいる指令所って、ジオフロントのほぼ中心部の地下にあるんでしょう?そして、そのすぐ近くにエヴァの射出口があるはずじゃん、本編を観てると。だとするなら、そのまま垂直にエヴァが発射すると、ジオフロントに出ちゃうよね。もし、第三新東京市に出るとするなら、相当迂回しなきゃいけないはずなのに。」

なるほど、僕みたいなリアルタイム世代にとって、散々っぱらエヴァに対する否定的発言を聞いてきたし、つまんない揚げ足取りにも辟易していたが、これはそうしたものとは一線を画した、あくまで作り物の齟齬に対する的確なツッコミに、思わず舌を巻いた。
“終盤の展開がどうのこうの”はウンザリする程聞いたが、こうした物言いは意外と少ない。

TVシリーズの第拾九話「男の戰い」を踏まえると、「発令所」のすぐ隣にエヴァ初号機の格納されている「第7ケージ」があり、そのすぐ近くに「射出口」がある事が判る。
勿論、射出口が地下施設内に何箇所も点在していても何ら不思議ではない、というか無数に張りめぐられているに違いない。
射出口の路線図が本編で幾度か登場し、若干迂回している描写もあるが、のちに「黒き月」がジオフロントの地下に眠っている事を考えただけでも、あの巨大な地下空間を迂回して地上の第三新東京市に出るには、些か描写不足だろう。垂直だけではなく、真横に発射している初号機の描写もあって良いハズである(画的に映えないが)。
ちなみに新劇場版に於いても(現時点では)、このリフト・オフ描写に変更はなかった。

つまり、こう考えるのが適当じゃないだろうか。
【エヴァが一旦、射出口に乗りリフト・オフすると、何処にでも出られる。】
極論だが、エヴァゲリオンの射出口は「どこでもドア」に等しい。
筆者の妄想だが、コンテ発注時に庵野監督は樋口真嗣さんや甚目喜一さん(佐藤順一さん)たちに「エヴァが射出口に入ったら、何処にでも出ちゃって良いんで。」なんて言ったに違いない。

今更云う事でもないが“EVAシリーズの身長が設定されていない”ように、この作品はある程度設定的に緩くしてある。これはつまり、1カット、1カット、画的に映えるように調整する、と云うと聞こえは良いが、乱暴に云うならば、都合良くエヴァの大きさを変えられる、と云う事である。
しかしながら、エヴァの身長設定、及び射出口の位置関係など、その整合性をガチガチに切り詰めたところで、お話が面白く訳でもないし、作り手サイドもその整合性が取れていない事の“粗”が目立つようには決して見せていないのだ。


こういった事は、様々なアニメ作品に個々に・独自に“ルール”として敷かれている。
では、下の図を見て頂きたい。
doors.jpg

筆者の落書きで申し訳ないが、それはさておき、以前こういう事があった(私事で恐縮でもある)。

別の部屋からキャラクター・Aが「ただいま〜」とカメラの置いてある部屋に元気よく入ってくるカットを、コンテマンが描いてきた。
それだけ聞くとなんて事はないが、美術設定で決められた、そのドアはカメラが置かれた部屋から見て外開きのドア(外開きの図参照)だったのだ。
つまり、設定とは違う、内開きのドア(内開きの図参照)をコンテマンはコンテで描いてきたのだ。
そもそもシナリオ上も「Aが元気に登場。」となっており、“元気に”を演出するには、必然的に内開きにした方が良いに違いはない。ドアを押してバーンと登場する方が気持ち良い。しかし、設定とは違う。
逆に外開きにしてしまうと、どうしてもAに対して後ろ向きな印象を受けてしまう。

「監督、美術設定と違うんですけど、どうしましょう?」と恐る恐る聞く、筆者。
「内開きで良いよ。話数内で統一されていれば。それに今後の話数でも、都合良くどっち開きか変えて良いんじゃない。」とその監督はサラっと云った。

既に放映済の他の話数では、当然設定の通り、外開きになっていたが、その話数は内開きになった。ただそうした場合でも、その同じ話数内で同じドアが外開きになったり、内開きになったり、明らかに観ている人が「?」とならない為にも、監督は「話数内で統一」と云ったのである。

内か外か、引き戸か、はたまた自動か。
ドアの開閉方法一つで、キャラクターの芝居が変わってくるのだ。(似た事例を挙げるなら冷蔵庫のどっち開きか、などもある)
ギャグ作品であれば、毎回ドアがどちら開きになろうと構わないが、ハードSFだと、ちと辛い。
作品のテイストがどちらかを選ぶ場合もある。
アニメーション制作の過程の中で、こうした局面はしばしば登場し、次第にその作品の“ルール”が出来あがってゆくのだ。
主にそうしたルールは監督が作り上げてゆくモノである。

もし、設定に忠実にする監督であれば、先程の例に挙げたドアの開き方は設定通りで、そのカットのコンテを切り直し、別の演出の仕方を模索しなければなかったであろう。
逆に、画面的・演出的なものを優先するフリーキーな監督も一方でいるのだ。
どちらが正しいという訳ではない。要は何を見せたいのか。
また、どういった見せ方がその作品にとって“都合が良い”のか。
時には設定も物理法則も無視して、フィクションとしての“都合の良さ”を最優先し、視聴者に嘘をつく行為。それは視聴者にとって“気持ち良い嘘”でなければならない。
アニメにおける“ハッタリ”とは、こういう事を差すのだ。


最後に、これを読んでくれた貴方へ。
スーパーアニメーター独特の作画回を「作画崩壊だ!」などと揚げ足を取るよりも、「ドアの開閉が違う!」などと整合性のホツレを見つけ、罵詈雑言を浴びせてみては如何だろうか。

2007年11月23日 アニメ トラックバック:0 コメント:11

元・猿○石の森○が某アニメ会社で営業しているらしい

人づてで聞いた噂。
某グロス会社の営業として働いているらしい。
「ウチの動画と仕上げは・・・」云々と営業して回っているらしいが、果たしてアニメの制作過程を理解しての事なのだろうか。
しかし、何でまたアニメなんだろう・・・

2007年11月03日 アニメ トラックバック:0 コメント:2

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