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あのソフト・オン・デマンドが動画仕上げ会社を立ち上げる

風の噂で聞いたんで、調べてみたらマジだった。
SODアートワークス

HPを一見すると判らないんですが、求人サイトに求人情報に詳細が載っている。

実写部門で実績のあるソフトオンデマンドグループのSODアートワークスでは新規事業として、海外でアニメーション制作を始めることにしました。 最終的にはオリジナルコンテンツの制作を目指します。

制作進行経験者も募集しているので、動仕だけでなく、実制作も着手したいようだ。
EDテロップで、「SODアートワークス」の名を見る日も近い!

2009年04月30日 アニメ トラックバック:0 コメント:2

ライドバックの挑戦 〜セルとCGの絡み〜

ライドバック頑張ってるよなー。と誉める割に全然見れていないのけど。。。
兎にも角にも、所謂メカ物の宿命として「搭乗者はなるべく見せない」っていうのが常道なんですよ。
何故なら「面倒だから!」という至極簡単で、真っ当?な考えの元にそうしていて、「装甲で覆えば搭乗者も安全じゃん!」なんてのは実のところそれを正当化する為の屁理屈でしかありません。
もし仮にコックピットが完全に透けたメカがいたとして、そのメカが急制動をかけた場合、そのメカの動きに対する搭乗者のリアクション<つまり芝居>が“同じカット内で同時に”発生してしまうのです。
仮に設定上、キャノピーが透けて見えたにしても、引きのロングのカットは“塗り”にしちゃって、キャラは見せない、とかそういう有り触れた手段を講じるでしょう。
まぁ逆にそういう常道があったからこそ、キャラの芝居を見せたい(というか台詞を喋らせたい)富野さんはカット・インを多用するに至る訳であります。

それでキャラも、メカも、同じ作画であればまだラクなのですが、今回のこのライドバック、搭乗者はほぼ剥き出し、大半のカットはキャラ(搭乗者)は作画、メカ(ライドバック)はCG、と「芝居のモーションの合わせ、及びクミの問題」が発生してしまう訳です。
ライドバックが動く度に、搭乗者は髪はなびく、服はなびく、キャラクターの表情及び芝居付け、など作画作業面で考慮しなければならない事が増え、作業的に逃げられない。
また作画の動きとCGのモーション付けを合わせなければならないのも必須で、これはおそらくラフ原の段階で原画さんにCGのアタリをとってもらって、CGガイドをその後紙に出力し、そこから原画作業と言った流れを組んでいるだと思われますが、逼迫した状況が続くアニメ制作現場にとっては作業工程的が一手間増える事は必ずしも喜ばれる事ではない。よくCGというものを「手を抜きやがって」とか言う風潮も未だ見受けられますが、そんな魔法のような便利なものではありません、あしからず。今時「お前に言われんでも知っとるわい!」って人も多そうですが。
近年TVアニメにおけるCG(ここでのCGとはモデリングが必要なものとしての意味です)の使われる頻度が年々増加傾向にあるかと言えば、それはロボットだったり、車だったり、飛行機だったり、家電製品だったり、人間キャラとは違い、線やディテールの多さがネックになりアニメーターさんによってはカットによるムラが出兼ねない物をCGで起こす【クオリティを保つ為の後ろ向きな理由】と、本来硬質な物であるその対象物が作画で動かすとフニャフニャなってしまうのを避ける意味合いや金属の表面の映り込みをいれて情報量を増すといった【表現の幅を増やす為の前向きな理由】が大体の常です。(逆に有名なそのカリ城のカーチェイスシーンのフィアットみたいに、当然“作画のアジ”ってものもあるし、俺もそっちの方が好きだけど、まぁあそこまで描けるのもなかなか難しいのも悲しいかな実状でしょうね。。。)

ジーベックが作っていた「オーバードライヴ」も、キャラ=作画、自転車=CG、でやっていたものが、シリーズ終盤になって自転車が作画になっていたようです。(すいません又聞きなので、当方未確認な上に、どういう云った経緯でそういう処理になったかは判りませんが。。。)
そういう事を踏まえても、バイク物なんかがアニメで少ないのは、そういった事情もあると思われます。故にライドバックには頑張ってもらいたい。

2009年02月03日 アニメ トラックバック:0 コメント:2

グレンラガン紅蓮篇、考察

恐らく、グレンラガンファンでさえ、正直な話、期待してなかったであろう、この総集編・劇場版。
ところが作品の持つ(=グレン団が持つ)荒々しさとは打って変わって、実にキレイにまとまった編集。非常に観やすい。途中のざっくりと各話の点描で見せて片付けてしまうあたりも、清々しささえ醸し出している。トミノ信者の自分としては、展開も速く、ちょっと強引なくらいのトミノ荒編集慣れしている為に、逆に物足りなさも覚えてしまう程(恐らくこの症状はトミノ信者だけです)。

劇場版だからと云って、作画で動きを足さずに、今石演出の真骨頂であるSLやローリングの多用は減らないところが今石さんらしいし、「グレンラガンが帰ってきた」と観る者に作品世界に対する没入感を誘うのに一役買っている。
旧カットの判り易い変更としては“汚し”として特効が増えているのが目立つ。ガイナックス特有の筆で汚したような特効が劇場版としてのスケールを増している(というか単純にカッコいい)。
一方通常TVシリーズの総集編の常であり、最大の売り文句でもある、作画の手直しが非常に少ない(≠新作カットが少ないという意味ではない)。総集編アニメ映画としてはかなり異例であろう。各話作監(特にグロス話数であれ、話題の小林治回であれ)の作画の個性を殆ど残している。これはアニメーター出身の今石監督の心遣いだろうと思われる。
今現在のアニメの潮流として、総作監制を敷き、画一的に一切の“ほころびなく”修正をいれ、クオリティの維持と均一化を絶対の命題としている流れが出来ている。しかし、現在の流れはキャラクターデザインを全てに再現した版権アニメ・グラビアアニメ化させ、所謂キャラデとは違う画だけど、気持ち良い画、カッコいい画を尊重する作品はなかなか許されなくなりつつもある。巧い画で描いているのにキャラデに似てないからと作画を修正させられるというのは、各話作監・原画さん達にとって、非常にやりにくい上に、描いていて楽しくない作業にしかならない場合が多い。金田伊功フォロワーでもある今石さんにとっては、作画の余地、原画さんが遊べる部分(ハッチャけた作画)を残す事で、完成したフィルムに活気に産み、果てはそのフィルムから現場の活気が透けて見える作品構造を築いている。これはTVシリーズから一環していたが、この劇場版においても同様であり、今石監督の作品に臨む姿勢が伺える。
しかしながらアヴァンや終盤はさておき、新作カットがこれほど判り辛いのは、元のTVシリーズのクオリティ(およそTVシリーズのクオリティとは思えないクオリティ)の賜物であり、いかにそのクオリティのポテンシャルが高かったか、劇場のスクリーン映えする画作りをしていたか、をまざまざと見せ付けられる。

終盤の展開のマトメ方もすっきりしているし、寧ろTV版よりも観やすいし、面白い。これが大方のグレンファンの観賞後の一致した見解じゃないだろうか。他にアイキャッチ演出や平松さんのED作画など見所多数有るが、まずは映画を観ましょう。実に2部、3部に期待させられる仕上がりである事は間違いない。


一緒に云ったマイミクさんが言った一言。
「グレン団のマークってオフスプリングのマークのパクリだよね。」
うわっ、今まで全然気付かなかった(笑)そう云われれば、サングラス掛けただけ・・・。

2008年09月22日 アニメ トラックバック:0 コメント:0

児ポ法改正に対する、アニメ現場の空気

fearmasashiさんに児童ポルノ法改正についてどう思いますか?と云う質問を頂いたので、その返答を加筆修正してここに掲載します。結局、児ポ法改正から話が逸れていますが。ぶっちゃけ良く判っていないんだな、俺。


余り児童ポルノ法改正に関して“自分なりの意見”と云うか、もっとカッコ良く云えば“言説”とか持ち合わせていないんですよね。実感がないと云うか。過去の偉大な作品が観れなくなるとすれば問題ですが。。。普段働いている現場でも、話題に出ない事もないのですが、規制されたからと云って「アニメーションの表現の幅が狭くなる!」なんて警鐘を鳴らしているような人もいませんしね。寧ろ、「そんな事はお上(かみ)が決める事で、こっちはただそれに従うのみ。」と、諦め半分・覚悟半分と云った感じですね。
僕らの心情としては結局、最前線で戦う一兵卒に過ぎず、児ポ法改正がもし“核兵器”たりうるとしても、それを落とすも落とさないも、お上が決める事で、逆に云うと関係がない。
既にテレビシリーズでは結構テレビ局側の規制はそこそこ厳しくなっていますし、例えばテレ東であれば有名どころですが「血は3滴までOK」であるとか。だからと言ってテレビアニメが面白くなくなったとも思えません。
そういえばこの前、ベテランさんに聞いて良い話だなーと思った話があって、「昔は12ch(テレ東)でアニメをやるなんて言うと馬鹿されていたけど、いつのまにかテレ東ばっかりでアニメやるようになって、更にそれも今やテレ東でもアニメやれなくなって、UHF局やCSになった。」と。
この傾向を踏まえると、特に美少女アニメなどは比較的規制の緩いUHF局やCSに流れたとも云えますね。
ただ、ご存じだとは思いますがCSですら放映が問題になった「こどものじかん」という作品がありましたよね。結果論で云えば一万枚売れればヒットと呼ばれるアニメDVD市場で三万枚も売れたそうで、二期目のOVA化も決定した訳で、もはやテレビでの放映は意味をなさなくなっているのかもしれません。あくまで一つの可能性ですが。
結局「スクールデイズ」然り、悲しいかな、極度に過剰で、(ネット的に云うと)ネタ的に盛り上がれる作品しか売れないのが、今じゃないでしょうか(それと劇場アニメ並みの極端に高品位なTVアニメ作品であるとか)。それにお金を出してしまう方も作る方も(その作品が好きな人も必死で作っている関係者にも申し訳ありませんが)、小手先に騙されている感は正直否めません 。まぁ自分の被害妄想で、今に始まった話ではなく、メジャー的なヒット作はいつもそういう物なのかもしれませんが。。。

個人的には児ポ法改正よりも、制作費縮小の方が目の前の問題としては大きいですね。先日の放映された「きらりんレボリューション」の三期目と「おねがいマイメロディ」の四期目が今までの手描きの作画によるアニメーションからCGアニメに移行されました(ちなみに後者はFlashアニメ)。これは恐らく、予算縮小の為、フォーマットの変更を余儀なくされ、またその低予算にも関わらず作れと云うテレビ局(もしくは代理店)の意向に対し、現場はそれに逆らえない為に引き起こされたものだと思われます。
作画のアニメを見なれた人間からすると、上に挙げた二作品は相当見にくいです(一度鑑賞するのをお勧めします)。しかしこれで育つような子供、これが見慣れてしまう人達が出てきて、それがスタンダードになってしまう事。出資サイドも「この安い予算で良いんだ。」と思ってしまう事。この事の方がよっぽど日本のアニメーション的には大きな損失かもしれません。

2008年04月09日 アニメ トラックバック:0 コメント:1

グレンラガンの第四話の動向が気になる。

劇場版 天元突破グレンラガン

カミナの死までは最低でも行くとして、テッペリン攻略までを第一部・紅蓮篇で語るのかどうなのか。自分が思うに、第一部でそこまで突っ切るぐらいの早い展開の編集にしないとグレンラガンの勢いを殺す結果になりかねないのでは、と杞憂してしまう。
「新作カット追加」が売り文句の一つだが、蓋を開けたら大半の修正が“物議を醸した小林治コンテ・演出・作監回の第四話”だったら悲しすぎる。黒の兄弟初登場の回でもあるし、話的に外す事が出来ない。なかった事にしないで(黒歴史化)、“劇場版でも四話はそのまんま”ぐらいの一連の騒動を皮肉るぐらいの度量の深さをガイナには見せて欲しいと思う(でもファンはヤダだろうな、そういう事されると)。

2008年03月30日 アニメ トラックバック:0 コメント:0

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